★ 有松が生まれたきっかけは東海道?

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– 有松歴史秘話 前編

梅雨が明けて本格的な夏が来ましたね。
有松の町もこの暑さでアイスクリームやカキ氷を買い求める人を見かけます。
中には日陰を求めて町屋の軒先で涼んでいる着物の人もいて、その光景はまるで一幅の絵のようです。

有松の町並みは旧東海道沿いにあり、東海道の趣を残す数少ない場所ですが、もともとはこれほど栄えている場所ではありませんでした。
江戸時代初めまで、雑木林が広がり人家もなく治安が悪い地域だったのです。

そんな場所がどうして変わったのでしょうか。
時の将軍徳川家康が江戸を起点とした五街道の整備を各藩に命じ、まず江戸と京をつなぐ東海道の整備に着手しました。
尾張藩は東海道が通る有松の治安をなんとかしなければならず、移住希望者を募る立て札を村々に立てました。その時の立て札をイメージしたものが絞り会館入口に立っています。

1608年、この立て札の募集で集まった最初の移住者はわずか8人。
その中には竹田庄九郎という今回イベントを行う竹田邸のご先祖様もいらっしゃいました。
彼らは知多半島阿久比村の農民で、自分の土地を持つことを夢見て移住した若者たちでした。

たった8人から400年続く町が始まるなんて、歴史のロマンを感じますね。

後編は、「有松の絞りはベンチャー精神で生まれた!」をお話しいたします。


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